Strategic CFO

株式会社ユーグレナ
取締役CFO 永田暁彦氏

投資先支援という立場から、社外取締役を経て、取締役CFOへ。東証マザーズ・東証一部への上場を牽引し、現在はリアルテックベンチャー支援の株式会社ユーグレナインベストメントの代表も務める永田暁彦氏。そのキャリアストーリーを伺った。

※インタビュアー/株式会社Widge 代表取締役 柳橋貴之

ー 入社後はいかがでしたか?

まず入社をして、当然のことながらメンターにも付いて頂いたんですけど、そういう制度自体が嫌いで早く一人立ちしたいなって思っていたんですよ。
どうしたら一人立ちできるだろうな~ってずっと考えていて、やはり自分の力で会社に対してパフォーマンスを出すしかないなって思ったんですよね。
それで、某製薬会社さんのマーケティングのコンサルを自分で受注することができたんですよ。納品までしたので、もう大丈夫ですよねと。

ー それは凄いですね。

でも、それで大失敗しちゃうんですよ。


 
ー どうされたのですか?

プレゼンの日に寝坊をしてしまって…(笑)。大問題ですよね(笑)。

ー 寝坊ですか(笑)!

そうなんですよ。ちょっとした寝坊でもなく、大寝坊ですよ(笑)。先方様も大変お怒りでしたね。

ー それは大変でしたね。

結果的には上司に話が行って、大人な対応をして頂いて、事なきを得たといった具合でしょうか。
まぁ、そんな失敗ばかりでしたよ(笑)。

ー ご自身の中でステップが上がったなと感じられたポイントはどこですか?

ユーグレナの担当になってからですかね。それが一番大きかったと思います。

ー どのような流れでユーグレナさんの担当となったのですか?

当時のインスパイアは、大きく分けて3つの事業(コンサル部門・自己資本投資部門・ファンド部門)があって、コンサル部門と自己資本投資部門を兼務していたんですよ。コンサル案件を抱えながら投資もするというような流れですね。
もともと「自己資本部門をやらせてほしい」というのが入社の条件でもあったので。

で、当時問題を抱えた投資先があって、その担当を誰にするか決める際に、「この案件を担当する人から、好きな投資先を担当して良い」という話が出たので、真っ先に手を挙げたんですよ。
「ここは僕がやるので、その代わり…」ということで、その中に入っていたのがユーグレナだったんです。

ー その決断の甲斐もあって、ユーグレナさんを担当することになったということですが、他にも数社あったわけですよね?

そうですね。

ー どのような基準で選ばれたのですか?

自分の中で未来が見えるというか。

ー 未来ですか。
 

未来の見え方っていろいろあると思うんですよ。テクノロジーオリエンテッドであったり、入っていこうとするマーケットに将来性があったり、ビジネスモデルそのものに勝つ可能性が大きくあったりとか、いろいろとありますよね。

結果的に自分で選んだ4社中うまくいったのが2社でしたね。加えて自分で投資をした2社もあって、それらはプラスのゲインで終わりました。

ー そうでしたか。
その中で、ユーグレナさんには社外取締役として就かれることになりますね。

そうですね。2年目の冬でしたね。

ー それもだいぶ早いですね。

そうなんですよ。もともと自己資本投資部門の上司が担当をしていたんですが、退職に伴って枠が空いたんですよね。それで話がまわってきたという流れなのですが、過去の通例として、社長かdirectorしか投資先の役員を担っていなかったので、異例でしたね。

インスパイアの取締役会で指名をされて任されることになったのですが、出雲としては、はじめは嫌だったと思いますけどね。

ー そうですか。

基本的に皆さん素晴らしい経歴の方々が社外取締役として入っているのに、自分よりも年下で、ビジネス経験もほとんど無い若者が、ファンドからの派遣で社外役員をやるなんて、それは嫌がりますよね。この件、出雲は今でも否定してくれていますけど。

ー まあ、そう言われるとそうかもしれないですね。
それをパフォーマンスとして納得してもらわなければならないと思うのですが、意識をされたことは何だったのですか?

明らかに、会計と法務ですね。

ー なるほど。

年齢・経験にかかわらず、納得してもらえるということで言うと、その二つだと僕は確信していたので。
ルールが決まっているのです。

ー 確かにそうですね。

なので、取締役会に参加しても、「これは会計上の判断でこうですよね」とか、「これは法律上の判断でこうなりますよね」とか、その都度しっかりと納得感を持ってもらえるようにしていましたね。

あとは、リソースの使い方も考えていて、(コンサルとして他の会社の担当もしていたため)日中は他社も見ていましたけど、「夜の○時~○時は全てユーグレナの仕事をする」と決めていたんですよ。
たとえば「この資本政策ってどうしたら良いですかね」と出雲に聞かれれば、次の朝までには必ず資料を作って持っていくとか、そういう状態にしていましたね。

ー とても重要ですね。

どれだけパフォーマンスや能力を出したいと思っていても、相手に受け入れてもらわらなければ意味が無いですからね。
人間性で受け入れられるということも大切だと思うんですけど、やっぱり仕事ですので、「こいつは使える」と思ってもらわなければならないですよね。
そういう意味で、マーケティングとかデザインとかは、感性や主観がとても反映されやすいと思うんですが、会計と法務に関しては、新人であろうと関係ないと思うんですよ。

ー その通りですね。
もともと会計士を目指されていたので会計は分かるのですが、法務に関しては、だいぶ努力をされたのですか?

まぁ、会社を営む上での法務なんて限られてるじゃないですか。研究開発をやっていて、食品事業をやっていて…みたいに考えていくと、対象の領域って限られてきますよね。なのでその範囲を徹底的に勉強をすると。

あとは、社外の人間の誰よりも、ユーグレナ関連の論文は読んでいると思いますね。研究のチームとも普通に会話ができるようになっているので。

ー それって、簡単に聞き流してしまいがちですが、非常に重要なことですよね。
特に研究開発型ベンチャーの場合、プロダクトに対してどれだけ理解力があるかということは、大きなウェイトを占めているような気がします。

おっしゃる通りですね。

ー 正式に参画するにあたって、会社側から、ならびに自分自身としての最初のミッションは何だったのですか?

僕が入る前の役員は3人だったんです。社長と研究と営業と。管理部門を管轄する人間がいないという状況ですよね。
その管轄もそうですけど、まずはファイナンスを求められて僕は入社をしています。

それでエクイティファイナンスをたくさん実施していくことになるんですが、個人的にはエクイティファイナンスって能力ではないと思っているんですよ。
語弊があるかもしれないですけど、エクイティファイナンスって半分は詐欺のようなものだと思っているので。夢を語ってお金下さいっていうことですから。

なので、ファイナンスも意識はしましたけど、もう少し広い範囲で考えていましたね。

ー たとえばどのようなことですか?

みんな自分よりは年上でしたけど、若い経営チームであるということは間違いないと。それ故に、組織がスタンドアローンというか、各々が独立していたので、自分自身が受け皿とか潤滑油になるというのが、自分の中での最大のミッションでしたね。

まずは彼らから信頼される。そのうえで、彼らが得意としていること以外は全てお願いされるようにする、というような環境をどう創っていくかということが大切だと思いますから。出雲に対しても、社長業にいかに集中してもらえるかということですね。

ー 素晴らしい考えですね。
そのように自らミッションを掲げてスタートされてきましたが、これまでで最も苦しかったことをあげるとすると、どの場面ですか?
会社としてと、ご自身としてと、それぞれ異なるような気がしますが。

そうですね。会社として苦しかった時というのは、やっぱりキャッシュフローが無い時ですよね。2009年の末頃ですかね。エクイティファイナンスも決まらずに、営業もなかなか思うようにいかない時というのは、やはり苦しいですよね。

結果的にその後、営業が頑張り、ファイナンスでも2億強を調達できたのですが、働いていたみんなにも我慢をしてもらいましたからね。固定費を下げるしか方法が無いので、給与を下げさせてもらったりとか。
なので、その頃に苦労を共有したメンバーに対する感謝とか申し訳なさというのは今でも強くありますね。
特に創業メンバーは強くあると思います。その時にみんなが反発していたら会社として残っていないと思うので。

ー そうですよね。

個人的に苦労したなと思うのは、自分のような若い役員が既存の組織に落下傘としてファンドから降りてきたという状況ですかね。役員に対しも若いですし、管轄することになったメンバーに対しても自分の方が若かったので。後から入ってきて取締役ですからね。そこの入り口は非常にハードでしたね。もともとの組織も出来上がっていましたし。
まぁ、今でも50人くらいのチームの内、90%くらいが年上なので状況としてはずっと同じですが。


 
ー 今でもそうなのですね(笑)。
そのような状況の中、心掛けていたこととは何だったのですか?

最初にどう思われるかとか、入口のところって全く重要じゃないと思うんですよね。むしろ継続的なコミュニケーションで、どう理解をしてもらえるかということが大切だと思うんですよ。

ー コミュニケーションですか。

継続的な価値提示ですかね。永田に聞けば解があるとか、自分よりワークしてくれるとか。

基本的に自己責任ってとても大切だと思っているんですよ。尊敬されないとか受け入れられないというのは、結局は自分の責任だと思っているので、やっぱりバリューを出し続けるしかないんですよね。

ー 本当にそうですね。
参画されてから、ご自身の置かれている立場も変わってきていると思いますけど、常に意識されていることも、それに合わせて変化されてきていますか?

そうですね。やはりチームという意識がより大きくなりましたね。

ー チームですか。それはもともとではないのですか?

率直に言ってしまうと、昔は全て自分でやってしまった方が良いと思っていた面もあります。自分じゃないとできないことがあるっていう思いもありましたし。
でもそれって、なんて弱い組織なんだと思うので、いかに自分よりも優秀な人にやってもらうとか、渡せるものは渡すとか、そういったことがテーマになってきていますね。

たとえば昔は広報もいなかったので、僕が広報もやっていましたし、あとは僕が一番最初に管理部門に就かせて頂いた時は、月次が止まっていましたからね。担当がいなかったので。なので、リーガルもそうですし、資金調達もそうですけど、全て自分でやらないとダメでした。

でも、そうやってかつて自分がやったことがあるからこそ、今みんなに上司として納得感を得られるということがありますから、そういう面ではとても良かったなとは思いますね。


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