Strategic CFO

株式会社ユーグレナ
取締役CFO 永田暁彦氏

投資先支援という立場から、社外取締役を経て、取締役CFOへ。東証マザーズ・東証一部への上場を牽引し、現在はリアルテックベンチャー支援の株式会社ユーグレナインベストメントの代表も務める永田暁彦氏。そのキャリアストーリーを伺った。

※インタビュアー/株式会社Widge 代表取締役 柳橋貴之

ー それにしても、高校では(もちろん他の科目もそれなりには目を通していたと思いますが)数学に突き抜けていて、大学選びはどうされたのですか?選択肢はいくつかありましたよね?

いや、慶應しか受けていないんですよ。

ー そうですか。他の大学は一切受けていないのですか。

そうですね。

ー どうしてですか?

慶應は奨学融資制度があって、高校の同級生に「慶應には特殊な奨学融資制度がある」という話を聞いて、「基本的にどこの大学でも奨学金には審査があるけど慶應にはないらしい」「慶應の場合は大学が保証人になるから、大学に入りさえすれば100%奨学金が借りられるらしいぞ」と。
ということは、慶應に入れば100%親の負担を0にできるわけですよね。
九州の田舎にいたので、あまり大学のことも知らなかったので「それはすごい大学だな!」という話になって、そこから慶應に照準を絞りましたね。

それで、先ほどの通り、数学しかできなかったので、数学で入れそうなところを見た時、SFCと商学部が候補に挙がったので、その2つだけ受けて、結果的に商学部に進むことになったんですよ。


 
 
ー 狙い撃ちだったのですね。万が一受からなかったら、次の年にもう一度…だったのですか?

いや、落ちたら浪人はしないと、そう親とも約束をしていたんですよ。
高校の先生からは、「慶應だけに絞るなんて無謀なこと言っていないで、国立とか他の私立も受けなさい」て散々言われたんですけど、「じゃあ受験するための渡航費とか受験代とか先生が出してくれるんですか?」って(笑)。「学校の成績とか評判を上げるために何で僕が受けなきゃいけないんですか?」って言っていましたよ(笑)。

ー 先生はお金出してくれないですからね(笑)。

そうですよ。だったら「僕は入りたい大学だけ単願しますよ」と。

ー もしも受からなかったら、どうされていたのですか?

保父さんになるって決めていましたね。

ー 保父さんですか?
どこから保父さんが出てきたのですか?

高校3年生の時って、勉強の傍ら、いろいろなビジネスモデルを考えたりもしていたんですよ。
たとえば、当時はまだ全然なかったんですけど、OB人材の派遣業とかやったら面白んじゃないかとか。

ー 今ですら何社も出てきていますが、当時はまだ無かったかもしれないですね。

いくつかモデルがあったんですが、結構「人」が絡むサービスには興味があったと思うんですよね。それで子供が好きだったということもあって、であれば、もしも慶應に受からなかったら、保父さんになると、そう宣言はしていたんですよ。

ー そうだったのですね。
今の姿からはあまり想像がつかないですね。

そうですね。それで言うと、そんなに常識が無いんだと思いますよ。

ー 常識が無い?

ええ。「こうならないといけない」とか、「この道が正規ルートだ」みたいな発想が全く無いんですよ。

ー そうなのですね。

僕の通っていた中学高校は、東大と医学部への進学数も非常に多くて、俗に言うエリートコースを歩んでいる人達が多いんですね。いわゆる正規と言われるルートを進んでいる人達が。


 

でも、その中でこれは良かったなと思うのは、僕の場合、父の職場でよくお祭りみたいなのがあって、孤児院であったり、障碍者施設であったり、老人ホームであったり、それぞれの職場でそういった集まり事のようなことがあって、幼少期からそういった場所に行く機会が多かったんですね。

人間の多様性であったり、いわゆる社会の表裏みたいなものが、自然と心の中に入っていたので、エリートコース一本で、これがダメだったら人生おしまいだ…みたいな歩み方をしている人を見ると、すごく違和感があったんですよ。

ー なるほど、確かにそういった体感は、物事を捉える幅を大きく広げますよね。

なので、大学に行かなかったらこっちをやればいいと。そういうことに悲壮感がないというか。仮にもう一方の道に進んでいたとしても幸せになっていたと思いますね。

ー そうでしたか。それを言い切れるところが素晴らしいですね。

本音でそう思います。

ー 慶應大学商学部に進まれることになりますが、大学生活はいかがでしたか?

僕の場合、まず1年生を3回やっているんですよ(笑)。

ー どうされたのですか?

まず、入学式に参加して、その帰り道、いろんな人が「テニス」「テニス」言っているんですよね。サークルの勧誘もすごいですし。
田舎の寮から出てきて、日吉に住むことになるんですけど、周りの盛り上がりとのギャップがあまりに大きくて、カルチャーショックを受けてしまったんですよ。
「きっと知的欲求の高い人が集まっている洗練されたところなんだろうな」という勝手なイメージを自分の中で強く持ってしまっていたので…。

結果的にそういった人もたくさんいるということは後で分かるんですが、その時は実家に電話して「とんでもない所に来てしまった…」って。それですぐに休学するんですよ。

ー そうだったのですね。

なんとなく、みんな見栄と虚勢の集まりのような感覚があって、胸やけしちゃって…(笑)。

ー 休学されてどうされたのですか?

その後、1年目と2年目は、国内と海外を、自分でお金を貯めながら旅をしていくということをずっとしていたんですよ。
それで3年目から、親から人生で初めてお願いされて、ちゃんと大学に行くようになったんですけどね。

ー なるほど。旅に出ようと思われるきっかけは何かあったのですか?

先ほど多様性という話をしましたけど、僕自身、中学・高校と寮で朝から晩まで勉強に明け暮れて、慶應に入って…という流れでもあって、振り返ると自分が思っていたほど多様性があまり無いなと思ったんです。それで一旦外に出ようって思ったんですね。

それで、4月からすぐパチンコ屋さんとラーメン屋さんを兼業して、月40万円貯めて。そのお金でニュージーランドに行くんですけど、学校に行くとかでもなく、自由気ままにスケボーをしながら羊を数える…みたいな(笑)。

ー 留学などではなく、完全に現地の方と同じような生活をしていたと。

そうですね(笑)。現地に行って、最初の1週間はホームステイしていましたけど、その後は現地で知り合った現地人の家に行って暮らしていました(笑)。

ー すごいですね。そんなに抵抗感も無かったのですね。

そうですね。全く無かったですね。
それで2年目はバイクとテントで日本中をずっと旅していましたし。

ー それもまたすごいですね。
 

 

海外に行って、逆に日本のことを全然知らないなって思って。

ー 2年の旅を経て、3年目から大学に戻られますけど、いかがでしたか?

1年生を3回してしまっているので、きっともう就職はできないと思ったんですね。なので2年生の終わり頃から会計士になろうと思って、勉強を始めたんですよ。

ー 会計士ですか。
なぜ会計士になろうと思われたのですか?

いろいろと、親の進んでいた道なども含めて考えていたんですけど、ベースとして、最低限のサラリーは稼がないと家族が苦しい思いをするというか…。そういう体験を自分自身がしていたので。
それで、数字が好きだったということもあって、会計士かなと。

ー 会計士の勉強をされていたのですね。

そうですね。インスパイアへの入社を決めた3年生の終わりくらいまでですかね。

ー インスパイアさんとはどのような出会いだったのですか?

たまたま日吉の地下のバーで知り合った人から(高校時代にサッカー部だったということもあって)「サッカーしようよ!」って言われて参加したら、そこに前職(インスパイア)の副社長さんがいて(笑)。
で、サッカーが終わって飲みに行くじゃないですか。その時に「お前面白いな。うちでインターンしろよ!」って言われて、それがきっかけでインターンを始めることになって(笑)。

ー そんな出会いだったのですか!

そうなんですよ(笑)。ご縁ですよね(笑)。

ー インターン時に課せられたミッションは何だったのですか?

当時のコンサル先であった福利厚生サービスを提供している会社の担当になって、その会社に対するソリューションを提案・プレゼンするという内容でしたね。

ー パフォーマンスとしてはいかがでしたか?

まず学生なので普通の会社の福利厚生制度がどうなっているのかって全く分からないじゃないですか。なので、インターンに行って課題を出されたその日のうちに300社くらい片っ端に電話を掛けたんですよ。

 
ー いきなり300社ですか!

ええ。あとは○○協会みたいな、この辺りに詳しそうな機関にも「慶應の学生です!」みたいに片っ端から電話をして(笑)。
そうすることで、いろいろな実態が明確に見えてきたので、そこそこ良いプレゼンができたと思いますね。

ー 即、行動に移すというのは素晴らしいですね。

当時インターンに来ていた人は、ひとまず考えることから入っていたのが印象的だったんですが、先にアクションをしたというのは大きかったかもしれないですね。生の現場を見てから思考に移すというか。

ー 仕事において大切なことですね。

まずは戦略を立てて…みたいな方も多いと思うんですけど、基本的には、走りながら考えるというのが大切だと思うんですよね。

ー たしかにそうかもしれないですね。
インターンからそのまま入社をしたというのも大きな選択であったかと思いますが、他に選択肢もあったのですか?

もともとは会計士になるつもりだったので、その方面にということも考えてはいたものの、むしろインスパイアの人達から「うち1社だけしか知らないというのも良くないから、いろいろな会社を見てきなさい」って言われて、それでいろいろと見に行ったんですよ。

ー どのあたりの企業を見られたのですか?

みんなが「ここは面白い!」という会社と、「100名以下で年俸制」という会社に絞って受けましたね。いろいろとピックアップしてダーッと受けていったという感じです。

ー 結果的に様々な企業から内定も出たのでは?

そうですね。ありがたいことに、だいぶ内定は頂きました。(1年生を3回やっていたので)無理だろうなと臆病になる必要はなかったですね。

ー いくつもの内定を得たにもかかわらず、インスパイアさんへの入社を決断した理由は何だったのですか?

「人」ですね。その当時に居た人たちは明らかにレベルが高かったです。
自分が劣等感を感じるほど、優秀な人が集まっている環境だったということと、就職活動を通じて猛烈に叱られたのはインスパイアだけだったんですね。他の会社は「永田君いいね~!是非うちに来てよ!」みたいな感じで。

インスパイアからは夜いきなり呼び出されて「お前全然ダメだ」みたいな(笑)。やっぱりこういう環境の方が絶対に成長できるなって思ったんですよ。

ー そうでしたか。そういった環境をあえて選択されたのですね。
インスパイアさんの在籍は3年ほどですか?

そうですね。


その他のインタビュー

IPOへ導いた当社のコーポレートチーム

株式会社シャノン
2017.1.27 東証マザーズ上場