Strategic CFO

サイボウズ株式会社
取締役副社長 兼 サイボウズUSA社長 山田理氏

日本興業銀行にて市場部門等を経験した後、サイボウズ株式会社にCFOとして参画。同社のIPOならびに史上最短での東証2部上場を経由し東証一部上場までを牽引。その後、取締役副社長・サイボウズUSA社長を兼務し(自ら米国に赴任し)、グローバル事業拡大も先導している山田理氏に、そのキャリアストーリーを伺った。

※インタビュアー/株式会社Widge 代表取締役 柳橋貴之

ー サイボウズさんに参画されたのは2000年ですよね?

はい、2000年の1月ですね。

ー マザーズに上場されたのも同年ですよね。

そうですね、2000年の8月です。


 
ー 上場準備が佳境を迎えるタイミングでの参画であったのですね。

入社した瞬間から、証券会社と話をしながら、あの資料を作って…この資料作って…という状態でしたね。経験のないことばかりだったので手探りで(笑)。

ただ、審査という目線で見ると、証券会社も銀行も、やり方は一緒なので、どんなことを要求されていて、どういう風にコミュニケーションを取ると、こちらのことを信頼して頂けるか…みたいなことを意識していました。しっかりと主張するところは主張もしましたし。

ー こちらの主張はしっかりとするというのは重要かもしれないですね。

僕達は何も隠すものが無いので。

しっかりと主張ができるというのは、後ろめたいものが何も無いということでもあるんですよね。説明に一貫性が無ければ主張もできないので。

ー そのように準備を進め、無事にマザーズへ上場を果たします。

そうですね、僕達らしい上場ができたように思いますね。

ただ当時はマザーズでいろいろと問題を起こしている会社があったので、早めに上に行きたいという思いで、すぐに二部上場に向けて動きました。

ー 東証マザーズから東証二部への市場変更は初ですよね。そして、設立から4年7ヶ月での上場は史上最短でした。

結果的にそうでしたね。

もう少し待ってから一部にという思いもあったのですが、早めに上がった方が良いという判断で、取り急ぎ二部への上場を決めました。

マザーズから二部へ、そして二部から一部へと、そういう事例ができると、マザーズを開設した意味もあるじゃないですか。

ー おっしゃる通りかもしれないですね。
 

 
ー サイボウズさんに参画されて、だいぶ順調な流れであったかと思いますが、苦しかったことなどありますか?

いや、苦しかったことだらけですよ(笑)。

ー どの辺りですか?

それでいうと、一番は「人」のところかもしれないですね。

業績が伸びていくと、当然負荷がかかって忙しくなる、で、人が足りない、採用する、でも回らない、また負荷が掛かる、人が足りない、採用する、もめる、辞める…みたいな。

ー ベンチャーではよくある課題ですね。

業績が上がるとこんなに殺伐としていくものなんだって思いましたよ。常に人が足りないので、どうしても頭数をそろえなければと思って採用をしてしまう。ただ、価値観の理解に追い付かないので、コミュニケーションも上手くいかない…。

で、僕ら経営陣も若いですし、マネジメントの経験もそんなに無いので、一緒になって言い合ったり、一緒になって悩んだりしてしまうわけですよ。

ー 業績の大変な時期と、組織の大変な時期は、サイクルがありますよね。

まさにそうですね。

自分達の目標を高く掲げて、それを達成できなければ、当然のように叱責もしました。だいぶ現場にはプレッシャーも与えていたと思います。そして皆が疲弊して、退職者も増えていく。離職率28%を叩き出していましたからね。

ー それは随分高いですね。

本業の伸びが鈍化してきたら、M&Aをする。どんどん買収するわけですよ。売上が伸びて、人も増えて、株価も上がるわけですよね。

ただ、中にはずっと赤字が続いてしまっている子会社もあって、その赤字は、サイボウズ本業の利益を圧迫させる。売上が大きくなって、人も増えたけれど、利益だけはどんどん小さくなっていく。でも株価は上がっていく。

ただ実態は、サイボウズ本業が頭打ちになっているということもあり、退職者に歯止めがかからない。それでも株価は上がる…、利益は下がる…のサイクルで、「何をやっているんだろう…」という状態ですよね。

ー 苦しい状況ですね。

その頃、高須賀さんが退任して、青野さんが社長になるんですけど、青野さんとしては根幹のグループウェアをやりたかったんですが、引き継いだ以上は全ての事業をマネジメントしなければならず、相当しんどかったと思います。

下方修正などもあって、世間様からもだいぶ叩かれて。相変わらず退職者も多かったですし、とうとう青野さんも「社長に向いていないから辞めたいと思っている」みたいなことも言い出したので、「勘弁して下さい、青野さん…」みたいな感じでしたね。

「辞めるのはいつでも出来るので、まずはがんばりましょうよ。」と。「本当に辞める時が来たら辞めればいいんだし、やるだけやりましょう。もう1回グループウェアに絞って、良い会社を作っていきましょうよ。」みたいな話はしました。

「働いていて自分達が誇らしく思える会社にしましょう。」と。「正直、僕は今そう思えない。人が辞めていったとしても、売上は伸ばそう、株価は上げよう、買収をして大きな会社に見せよう…、もうそんなのやめましょうよ。」と。

ー CFOというか、参謀として、山田さんも、ある意味腹を括って指揮を執られていたのですね。

「もう一度、時間はかかるかもしれないけれど、自分達に合った、自分達の好きな会社を創っていこう」と、そう決めましたね。

ー なかなか難しいことかもしれないですけど、素晴らしいご判断のような気がします。

そこから、リストラクチャリングや人事制度の改定など、思いっきり改革を進めていきましたね。

ー だいたいいつ頃のお話ですか?

2005年あたりですかね。

離職率のピーク(28%の頃)に青野さんが社長になって、そこから4-5年は横ばいでした。その横ばいの時代が、ずっとリストラクチャリングをしている頃ですね。

ー そういった時代を経て、今があるわけですね。
 

 
ー CFO、管理部長、No.2、参謀として、しっかりと土台を支えてこられていますね。

まだまだですけどね。

普段はHRのところに注目をして頂いているということもあって、人事の責任者としてインタビューを受けることが多いんですけど、CFOというか管理部門の責任者としても自分なりには自負があって。

ー もちろんそうですよね。

たとえば経理というのは、簿記を覚える仕事ではなくて、経営に対する指標を作っているわけですよね。会社がこういう方向に、こういう風に進んでいきたいというようになった時に、大事な指標をどう分かりやすく経営に伝えるか。

もちろん簿記も最低限は知っておかなければならないですけど、簿記以外にも、経営にとって大切なものはたくさん出てくる。経理の本当の仕事はこの指標化なんだと思うんですよ。

経営にとって意味のある指標を作って、その指標を維持して、改善して、それを経営に対して提案していく。これが本当の経理の役割なんだと思いますね。

ー なるほど。納得感があります。
管理部門全体においては、何か大切にされていることなどありますか?

端的にいうとオープン。透明性ですね。

経理もそうですし、法務や内部統制などもそうですけど、隠そうとすると、見られないようにするための莫大なコストが発生してしまいますが、オープンにしてしまうと、ほとんどコストがかからないですよね。

オープンになっているから指摘も他から入りますし、少し恥ずかしさもあるかもしれないけれど、いろいろと指摘をしてもらえる環境の方が絶対に良いと思います。

ー 管理部門がオープンにということは、とても大切かもしれないですね。

いわゆる「隠す仕事」の無い経営をしていかないといけないので、そのための経理であったり法務であったりですからね。管理部門の役割は非常に大きいと思います。

ー おっしゃる通りですね。

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