Interview

インタビュー

株式会社スタートトゥデイ 取締役CFO 柳澤孝旨氏

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「ZOZOTOWN」「WEAR」を中心に、アパレル小売業界に新風を吹き込み続ける株式会社スタートトゥデイ。取締役CFOとして、同社の中枢を牽引し続ける柳澤孝旨氏のキャリアストーリーを伺った。

※インタビュアー/株式会社Widge 代表取締役 柳橋貴之


 こういったインタビューを受ける機会って、久しぶりですか?

そうですね。前はちょこちょこありましたが、最近ではほとんど無いですね。

 あえて、そうされているのですか?

そんなことはないんですけど、あまり前に出る立場でもないじゃないですか。

 今日は本当にありがとうございます。

いや、とんでもないです。

 あまり柳澤さんのキャリアは知られていないと思うのですが、銀行出身でいらっしゃるんですよね?

もともとは、大学(経済学部)で金融系のゼミに入ったんですよ。わりと資本市場よりのゼミだったんですけど。
で、なぜそこに入りたかったというと、高校時代に『ウォール街』っていう映画を見て、「俺、ウォール街に行きたい!」と(笑)。別に海外に精通していたわけでも何でもなかったんですが、単純に「ウォール街かっこいいな~」と。で、ディーラーになりたいと思うようになって、金融系のゼミに入ったんですよ。

 単純にそれだけですか?

はい、単純に(笑)

 それまで、そういう意識がどこかにあったというわけでもなく、単純に映画を見たからなんですか?

はい(笑)。たまたま見たからなんですよ(笑)。

 もともと中学・高校時代ってどんな少年だったんですか?

わりと、スポーツばっかりですね。

 サッカーですか?

そうですね。小学校・中学校と、高校1年の夏までサッカーをやっていて、その後バレーボールに。

 そこからバレーですか?

はい(笑)。たまたま高校1年時のクラスメートが、たくさんバレー部に入っていて…。で、球技大会でバレーボールがあったんですよ。そこで「お前いけるじゃん!」となって、思いっきりスカウトされたんですよね(笑)。ちょうどサッカー部がつまらないなぁと感じていて、「バレーやるか!」と思って。そこから心機一転バレーですよ。

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 そうでしたか。そのようにスポーツに明け暮れていた中で、たまたま見た『ウォール街』が衝撃を与えるわけですね。

はい、本当にそうでしたね。

 金融のゼミを出て、いざ就職活動という際は、銀行以外も選択肢はあったんですか?

そうですね。やはり金融中心にはなりましたけど。銀行、証券、生損保など、「運用」という切り口で就職活動はしていました。当時、投資信託などはまだメジャーでなかったので、直接入るというイメージはなかったんですよね。

 就職活動も多少厳しい頃でしたよね?

おっしゃる通り、ちょうど悪くなり始めた頃ですね。「就職氷河期」というものが始まった年だと思います。縁あって富士銀行に就職しましたけど、僕の同期が200名位で、前の年は350名位でしたからね。ガクッと減った年ですね。

 なるほど。その分、会社としては期待のかかる新人であったかと思いますが、実際のところはいかがでしたか?

だいたい皆、最初は支店からのスタートじゃないですか。僕もご多分に漏れず支店(赤坂)に配属となったんですよね。約3年ほど支店勤務だったんですが、幸いにして2ヶ店目で、希望の国際資金為替部に行けたんですよ。あまり希望は通らないと思っていたんですが、上司の方々に恵まれましたね。実質1年、ディーリングルームに身を置かせてもらえました。

 やりがいもあったのでは?

そうですね。とてもやりがいはあったんですが、銀行のディーリングルームって、自己ポジションで売ったり買ったりするというのは、やっぱり偉くならないとできないじゃないですか。当たり前のことなんですが、若いメンバーは事務作業が多いんですよ。自己ポジションでディーリングするというよりは、お客様の為替予約を手当てしたりなど…。そういう事務作業が大半になってしまっていたことに、多少違和感が出始めましたね。

さらに言うと、実は、ずっとディーリングルームに行きたい!という希望を出し続けていたんですが、異動する間際に、支店の仕事の面白さに気付いてしまい、正直悩んでいたという面もあるんですよ。赤坂支店だったということもあるんですが、外国為替をメインにするお客様を担当していたので、外資系企業(わりと規模の大きい企業)との接点が多くて、「企業取引って面白いな!」と思い始めた時だったんですよ。だから、異動の直前は「あんまり行きたくないな…」と思うようになっていて(笑)。

M&Aセクションとか、コーポレートファイナンスなどの部署に興味が出ていたという中での異動だったんですよ。で、前述のような状況ということも分かったため、結果的にはその1年で退職の道を選んだと。もっと企業取引ということに入り込める仕事がしたいなと思って、2社目に行くことになるんですね。

 なかなかその年次で、そういった判断(決断)ができる方も珍しいと思いますけどね。

確かに同期の中でも早かったですね。3人目とか4人目とかいうレベルでした。

 次はコンサルティング会社ですよね。先ほどの背景からすると、確かにリンクしますね。

そうですね。もっとダイレクトに企業成長に貢献したいという思いで、コンサルの道に進もうと。

株式会社スタートトゥデイ  取締役CFO 柳澤孝旨氏

 

 転職活動はどうでした?

どうせやるのであれば、早目にどこかのコンサルティング会社にゼロベースで入って、自分を鍛えた方が良いという判断をしたんですよ。で、どこでもいいから内定をもらったところに行こうと思って、転職活動を始めたんです。そうしたら、ある人材紹介会社から最初に紹介されたのがNTTデータ経営研究所で。そのまま受けたら、運よく内定も頂いてしまって(笑)。なので、もともと思っていた通り、他は一切受けず、すぐにお世話になろうと決めたんですよ。

 一社目の紹介で、そのまま決めてしまうって、それもまたすごいですね!

コンサルの経験もないし、言ってみれば初心者じゃないですか。そんな自分にオファーを頂けたので。浮気をせずに、そのままお世話になろうと(笑)。NTTデータっていう冠もついてるし、行っちゃえと(笑)。

 なるほど。転職に反対をされる方はいらっしゃらなかったですか?

そういうことは特になかったですね。

 当時はもう結婚はされていたんでしたっけ?

結婚していました。支店にいる時に結婚したので。そういう意味では、妻もよく何も言わなかったなと思いますね。文句一つ無かったので。でも妻の両親は少し思うところがあったかもしれないですけどね。長野の人なので。言ってしまえば一流企業に勤めていると思われる身であったので、少し心配をさせてしまったかもしれませんが、直接的に何か言われたということは一切無かったですね。唯一言われたことといえば、妻から「あのまま(国際資金為替部に)いてくれていれば、私も海外駐在できたかもしれないのにね」っていうことくらいですかね(笑)。それはいまだに言われます(笑)。

 柳澤という姓は、奥様方の姓なんですよね。

そうですね。向こうの家が田舎ということと、お義父さんが長男ということもあって、娘二人の長女を頂いてしまったので。
実は、結婚した当時はもともとの僕の姓だったんですが、色々と事情もあって、途中で変えたんですよ。

 そうだったんですか。その決断もまたすごいですね。

一応、弟と妹もいるので。全く問題ないと。

 かっこいいですね。

富士銀行とNTTデータ経営研究所の時代は、旧姓だったので、当時の人達は、やっぱりいまだに僕のことを旧姓で呼びますね。今の会社でも、取締役の澤田はNTTデータ経営研究所時代の同僚なんですが、やはりプライベートでは旧姓で呼びますもん。

 先ほどの転職のお話といい、男らしい決断をされていますね。

そんなことはないですよ。たまたまです。
NTTデータ経営研究所への転職も、たまたま、面接を受けたグループが金融系をわりとやっていた部署で、さらにその時のプロジェクトが、某信用金庫の営業店の改革のようなプロジェクトを請け負っていたので、「ちょうど銀行出身の奴が来た」という感じでオファーを頂いたんですよ。だから本当にたまたまです。

 でも、やはりそういう巡り会わせのようなものってありますよね。

そうですね。ありますよね。

 少し話が逸れますけど、僕の中で、柳澤さんは変化球を使わないイメージがあって、すごく直球で物事を判断されているような気がするんですよね。ご自身としてどうですか?

確かに、変化球は好きではないですね。言われてみると、そういう性格だと思います。
とは言え、コンサルやっていたので。変化球投げ続けなきゃいけない場面もいっぱいあったんで(笑)。それもやろうと思えばできるんですけどね(笑)。

 以前、メンバーの方に少しお話を伺ったことがあるのですが、やはり同じようなことをおっしゃっていていました。すごく真っ直ぐに指示を頂けると。組織を率いる立場として、それってとても大切な気がするんですよね

それはありがたい話ですね。

 ゼロベースでコンサルの世界に移られた後も、比較的順調に進まれたのでは?

そうですね。2年アソシエイトやって、1年コンサルやって、3年目からはマネージャーにもなれたので、わりと順調に進めていたと思います。

ただ、コンサルとしてたくさんの大手企業と携わっていたのですが、ちょうどこの頃、ITベンチャーが活況な時期で、ベンチャーの上場に携わってみたいなと思うようになってきたんですよね。
あと、コンサルって、やはり最後のエグゼキューションまでできないじゃないですか。最後は会社さん側にやって頂かなきゃいけないので。こちらでストーリーを描いて会社さんに渡しますけど、最後それをちゃんとやってもらえるかどうか分からないですよね。だんだん、それを自分でやってみたいという思いが芽生えて。漠然と、実業が面白いなと思い始めたんですよ。それで、実業×ベンチャーのような思いが出てきて、いずれCFOとして携わりたいなと思うようになったんです。

株式会社Widge  代表取締役 柳橋貴之

 

 CFOというキャリアイメージはこの頃からなんですね。

そうですね。それでベンチャーのCFOになるためにどうしたら良いだろうかと考えていて、VCであったり、証券会社であったり、いろいろ考えていたんです。
そうしたら、本当にこれもたまたまなんですが、銀行時代の元上司から、証券会社の話が出てきて(笑)。

 また「たまたま」ですか!

そうなんです。これ正直、全般的に言えることなんですが、僕かなり運がいいんです(笑)。ほとんど運で生きてますので(笑)。
その話も、もともと赤坂支店のOB会があって、そこで久しぶりにその元上司に会ってたんですよ。そうしたら、ある日「今度みずほ証券に行くんだ」と。それで「誰か(俺の部下として)良い人いない?」っていう話だったんですよ。なので、初めは「じゃあ良さそうな人いたら連絡しますね!」って返していたんですが、そのうち「まてよ…」と思い始めて。で、「僕どうですか?」って連絡入れたんですよ。それで元上司も「じゃあ」と言ってくれて(笑)。

 それもまたすごい話ですね。

そうですね。本当にその上司には感謝です。
配属は、企業金融部だったんですよ。いわゆる投資銀行に近い仕事ですね。上場企業にファイナンスを提案したりとか。どちらかというとPOで、IPOではなかったんですが、これまで資本市場の知識がなかったので、ありがたかったですね。
やはり、将来的にベンチャーでファイナンスなり、IPOなりをやろうと思うと、資本市場のことを知らないとダメだと思ったんですよ。間接金融は分かっていたんですが、直接金融は知らなかったので。それで証券会社の打診があり、ちょうど企業金融部だし、これは良い話だと思って。

 

vol.2へ続く

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